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爆発的アレルギー再び発症

更新日:2021年8月21日

2月14日バレンタインの日曜日、市民のコロナ感染が確認されたためその日の夜からニュージーランドは3日間のロックダウンに入りました。


私は去年の10月に職場で使用しているすべての消毒剤、清掃薬品を医師と共に5日かけてパッチテストを行い、完全に安全性を確認した後に安心して職場復帰を果たし、2月15日まで無遅刻無欠勤で幸せに仕事をしていました。今回のロックダウンで多少の不安はあったものの、職場と医師の協力を得てしっかりとアレルギーテストを行ったという事実を信じて月曜日に出勤しました。


仕事を開始してから1時間後、同僚に顔が赤いと指摘を受けて慌てて鏡をみてちょっと不安。私の皮膚の色が赤っぽく’変色していたのです。




このときには痛みもかゆみも自覚症状が無く、このあと、まさか大変なことになるとは予測していませんでした。マスクをつけていた個所は大丈夫だけど、つけていない箇所に化学反応が現れています。




翌日の夜。化学反応の色がだんだん濃くなり、その部分がひりひりしてきました。


職場のご家族にはがんを克服した人、たまたま感染経路に立ち寄り接触した人がいたため自宅待機の職員が何人もおり、異常な人手不足。全員が休憩時間を削って仕事をしました。翌日からは布をぐるぐる巻きにして顔の皮膚を保護し、何とか3日間のロックダウンを乗り切りました。




三日目の朝。


化学反応箇所の色はどんどん濃くなり、ひりひり感が痛みに変わり始めました。よく観察すると、マスク、頭髪、衣服で保護されているところはそれほどでもなく、皮膚がむき出しの場所が中心的に傷を負っています。


本当はもう仕事には行きたくなかったけれど人手不足だから仕方がない。2日目と3日目は皮膚をぐるぐる巻きに保護して何とかロックダウン勤務を乗り切り、終業後、その足で病院に行きました。診断はやけど。私の皮膚は化学反応によるやけどを負っていました。


今回の爆発アレルギーの原因は人が自宅から持ち込んだ消毒スプレーでした。


人の命、健康を守るために大いに役立つ消毒剤は、私にとっては毒みたいです。しばらく健康に暮らしていたので忘れていた事実を思い出しました。


会社の指導に反してなぜ私物を職場に散布する?その違反にどれだけの利益がある?それは考え始めると気持ちがふさぎ込むだけの話題ですのでなるべく考えないようにしています。



3日目の夕方。マヌカハニー30%修復クリームをたっぷりとぬってケア。次回のブログでは現在までの回復の記録をご紹介します。


あれから9日。毎日顔の皮がむけています。むける前の皮膚がひっつれてうまく顔が動きません。しゃべるとき、食べるとき、口を動かすときの違和感、半端ないです。痛くてマスクが出来ません。子どもの迎えなどでどうしても外に出なければならない時もあり、そんな時にたまたま知り合いに出会ってしまうこともあり、そうすると知り合いは驚いて何があったのかを尋ねます。そのたびに状況を説明したほうが良いのでしょうか。


自宅から消毒スプレーを持ち込んだ職場の人にはきっと悪意はないと思います。人の行動の一つ一つを管理することはできません。私はもう、この職場に戻ることはないように思います。


家にも子供の学校にも近くて、人間関係も悪くない、お気に入りの職場だったのに。転勤先を探さなければ。


あれから9日の時間が過ぎ、ようやく気持ちの整理がつきましたので、これからしばらくの間、発生からの回復の記録を残していきたいと思います。


この9日間、一日何回もアピ軟膏マヌカ修復クリームを塗っています。そのおかげで今回は驚異的なスピードで回復しています。前回はまだアピ軟膏を知らなかったため、何か月ものステロイドの副作用を心配しながらの右往左往の苦しい道のりでしたが、今回は安全に、素早く助けてくれるアピ軟膏がすぐそばにあることが救いです。このような事故には遭遇しないことがもちろん一番ですが。


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